vol.17 新潟市東区在住 小野 和子さん(76歳)


バドミントンと共に歩んだ60年!

中学1年生でバドミントンを始め、19歳の時に日本初参加の世界戦ユーバー杯(1978年第4回大会)で優勝。

その後も選手として活躍し、結婚を機に第一線から引退。子育てが落ち着いてからは選手兼指導者として後進の指導にも貢献。実に60年にもわたりバドミントンに人生を捧げてきた和子さんにお話を伺いました。


Q:日本のバドミントン界の先駆けであった和子さん。

  バドミントンを始めたきっかけは何ですか?

その頃はまだ「羽根つき」とよばれ浸透していなかった時代。

引越して友達のいなかった私を気遣った母が用意してくれたのが木製のバドミントンセットでした。私と相性が良かったのでしょう。最初から上手に打つことができました。

Q:選手として活躍後は様々なクラブを立ち上げ、選手を輩出してきたとのこと。どのような思いだったのでしょうか。

選手として20年、ママさん達シニアのクラブで20年、そして子供達の

指導に20年携わってきました。とにかくバドミントンが好きでしたから。その時に自分がすべきバドミントンとの関わり方をしてきた感じですね。

このコートは子供達のために、当時ふとん屋さんだった建物をリフォームして造りました。やるからにはしっかりと育てたい、優勝させたいという気持ちで続けてきましたね。


Q:ここで20年!すごいですね。これからも教室は続けられるのでしょうか?

実は今期、来年の3月でここを一旦閉じようと決めました。10年前、息子が脳出血で倒れ半身不随になってしまったんです。

介護をしながら教室を続けてきましたが、さすがに体がきつくなってきて、、バドミントンで鍛えた体は私を長年守ってくれましたが、故障もいろいろありましたから。でもやりつくした気持ちです。

晴れ晴れとした顔には志を胸にまっすぐに生きてきた和子さんの生き様が表れているようです。『練習すること、勝つことは自分がやるべきこととして当たり前のこと』そう語る和子さん。一つの道を究める人とはこのような方なのだとはっきりと感じました。

志の原点は、現役時代故障で苦しんだ時に恩師からもらった言葉

『天かける大いなる理想を堅持し、絶えず意欲に燃えつつ最後までバドミントンの道を追求されんことを』