今の夢は、みんなが 笑顔になる場所を作る事!
岩手県の農家に5人兄弟の長男として生まれる。
23歳の時上京し、土木関係の仕事に就職。昭和51年埼玉県で独立し、会社を創業する。平成10年新潟市に本社を移転。
3年前、新潟市北区に県初の私設「新潟北パークゴルフ場」をオープンする。
㈱大崎産業 代表取締役社長
Q:自分の会社を持ちたい!と思って上京したそうですね。
小さい頃から日活や東宝の映画を見ていて都会の華やかな生活に憧れていたんだ。何をするかは決めてなかったけど一旗揚げようと思ってね。ユンボやブルドーザーが好きだったので、土木工事の現場で働いていろいろな重機を操ったよ。その後、30歳で念願の独立をする事ができたんだ。
Q:夢が叶ったわけですが、なぜ故郷の岩手ではなく新潟で暮らす事になったんですか?
創業当時から日本中でインフラ整備など土木工事がたくさんあってね。仕事を受注出来るよう、借金して数千万の特殊な建設機械を買ったんだ。おかげで県外にも現場を持つことが出来た。その中でも特に新潟の仕事が多くなったので、埼玉から新潟市に本社を移転したんだよ。
Q:現在はパークゴルフ場の運営もされているとか。どんな競技なんですか?
専用のクラブ一本でボールを打ち、コース上のカップに入るまでの打数を競う健康スポーツなんです。愛好者が130万人(推定人口)もいるんですよ。5年前に宮城県で初めてコースを回った時、知らない人達が一緒にやらないかと誘ってくれてね。本当に楽しかった。他県ではほとんどが市営なのですが、新潟市ではパークゴルフを作る計画はないと聞いて。それなら自分で作ろう!と(笑)
Q:毎朝5時に起きて社長自らコースの手入れをされているそうですね。
はっきり言って儲けは無いんでね(笑)協力してくれる仲間と手弁当でやってます。
自分は運と度胸だけで、たくさんの人に世話になって今日まで生きてこれた。歳をとり今度は恩返しがしたいんですよ。みんなが集まって喜んでくれるのが何より。それが一番うれしい。
成功の秘訣は何ですかとの質問に「俺はただ運が良かっただけ」と答える柳村社長。朴訥としたお人柄が印象的でした。
暖かくなり気持ちの良いこの時期、みんなでパークゴルフ場に行ってみませんか?
